2012年10月6日土曜日

酒井抱一 秀句選10

一俳句ファンが勝手につくってしまう秀句選、第10回は酒井抱一(1761~1829)だ。彼は代表作「夏秋草図屏風」、「月に秋草図屏風」(ともに重要文化財)等で知られる江戸時代後期を代表する画家の一人だ。抱一は、名門酒井雅楽頭家の酒井忠仰の子であり、兄は第二代姫路藩主の酒井忠以。元来学問芸術に厚い酒井家の家風のもと、抱一も幼時より画、俳諧、和歌、連歌、国学、書、能、仕舞等の多様な教養を身につける。兄忠以の子で甥の忠道が誕生(1777)し、嫡流から完全に外れた抱一は急速に市井の芸文世界に接近、20代を通じて多様な文人と交流する。この時期の画業としては、歌川豊春(1735~1814)に師事した肉筆浮世絵(当世美人画)が挙げられる。

1787年から始まった松平定信の「寛政の改革」による風紀統制、更には最大の理解者であった兄忠以の死(1790)によって、抱一を取り巻く環境は一変する。抱一は浮世絵美人画からの撤退を余儀なくされ、1797年には半ば強制的な形で出家することになる。そんな彼に新たな刺激をもたらしたのは、尾形光琳(1658~1716)の存在であった。光琳の存在を知り、彼の画風に強い衝撃を覚えた抱一は、人脈を駆使して光琳を中心とした琳派の作品を広く鑑定、模写する等、熱心に研究し、1815年には光琳百回忌を記念して光琳の作品42点を展覧する「尾形光琳居士一百週諱展覧会」を開催、更には日本史上初の個人画集『光琳百図』を刊行、広く光琳の画風の紹介し、また、光琳の後継者としての自らの立場を表明する。

光琳の画風に強く影響され、彼の後継者を自任した抱一であるが、彼の画は、より都会的に洗練された緻密な描写、洒脱な構図等に於て、光琳のそれとは厳格に区別される特徴を有する。特に、種々の花鳥画に彼の独創性は強く発揮され、その集大成としては、一橋治済(十一代将軍徳川家斉の父)の命(1821)によって、尾形光琳の「風神雷神図屏風」の裏に直接描かれた「夏秋草図屏風」が挙げられるだろう。この画は風にそよぐ秋草が風神に、雨に打たれる夏草が雷神に対応するという意匠を持つのであるが、ここに決して派手ではない草花の描写を通して風神雷神に並び立たしめる抱一の驚くべき画力を堪能することができる。

俳諧もまた彼の生涯を通じて探求された芸術であった。画に於ける光琳のように、抱一は宝井其角(1661~1707)に私淑し、古典の教養に裏付けられた難解な句を多く残したが、晩年には平明な句風に移行している。竹の家主人編『西鶴抱一句集』(文芸之日本社)所収の491句より29句選んだ。掲載順に記す(漢字のルビは、読解の便の為、筆者が新たに補った)。

1  よの中は團十郎や今朝の春

2  いく度も清少納言はつがすみ

3  田から田に降ゆく雨の蛙哉

4  錢突ぜについて花に別るゝ出茶屋かな

5  ゆきとのみいろはに櫻ちりぬるを

6  新蕎麥のかけ札早し呼子鳥

7  一幅の春掛ものやまどの富士

8  膝抱いて誰もう月の空ながめ

9  解脱して魔界崩るゝ芥子の花

10 紫陽花や田の字づくしの濡ゆかた

11 すげ笠の紐ゆふぐれや夏祓

12 素麺にわたせる箸や銀河あまのがは

13 星一ッ殘して落る花火かな

14 水田返す初いなづまや鍬の先

15 黒樂の茶碗のかけやいなびかり

16 魚一ッ花野の中の水溜り

17 名月や曇ながらも無提灯

18 先一葉秋に捨たるうちは哉

19 新蕎麥や一とふね秋の湊入り

20 沙魚はぜ釣りや蒼海原の田うへ笠

21 もみぢ折る人や車の醉さまし

22 又もみぢ赤き木間の宮居かな

23 紅葉見やこの頃人もふところ手

24 あゝ欠び唐土迄も秋の暮

25 つばくろの殘りて一羽九月盡くぐわつじん

26 山川のいわなやまめや散もみぢ

27 河豚喰た日はふぐくうた心かな

28 寒菊の葉や山川の魚の鰭

29 此年も狐舞せて越えにけり

2、12のようなあからさまなウケ狙いに走っている句に顕著なように、抱一の句には「重さ」はなく、全体的に「軽い」句風であるといってよい。この「軽み」をもって正岡子規などは『病床六尺』に於て、

抱一はういつの画、濃艶のうえん愛すべしといへども、俳句に至つては拙劣せつれつ見るに堪へず。その濃艶なる画にその拙劣なる句のさんあるに至つては金殿に反古ほご張りの障子を見るが如く釣り合はぬ事甚だし。

と酷評しているが、これは表層的な見解である。「軽み」のもたらす味わいは、5、26のような軽快なリズムにまずはっきりと見て取れるだろう。「軽み」の魅力は更に14、19のような清新な味わいや、11、13、29のようなどこか浪漫的な情趣に拡大される。派手なモティーフも、複雑な構成もなくさまざまな詩情を展開する点は彼の画に通じる部分があるだろう。

また、句を通して、江戸時代の風俗を追体験できるところも魅力の一つだ。1、10、15、21、27のような、あるいは彼のすべての句に、この時代の人々のありさまを、まるで自分もそばにいるかのようにリアルに体感できる。このようなことは、ただ同時代の風俗に言及すれば良いというものではなく、抱一の超時代的に洗練されたセンスによってのみ成り立つものであろう。

画に於ても俳諧に於ても、抱一の芸術の核心は、極めて洗練度の高い美的感性であり、それは古今を問わない多様な芸術家から吸収したアイディアと、彼の天性の才に裏づけられたものであった。高度な技術に支えられた彼の芸術には彼の感性が如実に表現され、時代を越えて私たちに感動を与え続けている。

参考文献
(1)仲町啓子監修『酒井抱一 江戸琳派の粋人(別冊太陽 日本のこころ 177)』(平凡社)

2 件のコメント :

  1. こんばんは。
    「酒井抱一 俳句」で検索してたどり着きました。
    たくさんの短歌・俳句が読みやすくレイアウトされていて、素敵ですね。
    ゆっくり読みたいと思います。

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  2. 抱一の俳句好きなんですけど、ネットで気軽に読めるようなサイトがなかったのでちょっと書いてみた記事です。

    ありがとうございます。今はほとんど更新していないですが、どの記事も思い入れがあるので読んで頂けると嬉しいです。

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